お金を使えなくなったら、判断力が手に入った
――不自由になって気づいた「本当に豊かな思考」
お金に困ったことがなかった頃の自分
会社員として働いていた頃、正直に言えばお金に困ったことはありませんでした。
欲しいものがあれば買う。
やりたいことがあればやる。
鰻も焼肉も娯楽も、特別な理由なく消費できていました。
金持ちではないけれど、「我慢」を意識する必要もなかった。
それが良いか悪いかを当時は考えもしませんでした。
会社を辞めて、生活は真逆になった
仕事を辞めてから、生活は一変しました。
使えるお金は限られ、
以前のように「とりあえず買う」は通用しません。
- これは本当に必要か?
- 今やるべきか?
- やらない選択はできないか?
すべてを一度、立ち止まって考える必要が出てきたのです。
浪費がなくなった理由は「節約」ではない
よく「節約生活」と言われますが、
実感としては少し違います。
無理して我慢しているわけでも、
ストレスを溜めているわけでもありません。
むしろ、
検討して、不要ならやらない
この判断を繰り返すうちに、
浪費そのものが発生しなくなったという感覚です。
お金を使えなくなったら、判断力が研ぎ澄まされた
気づいたのはここでした。
お金が自由に使えるとき、
人はあまり考えません。
- 買えるから買う
- 行けるから行く
- 余裕があるから決断する
逆に、お金が限られると、
- 優先順位を決める
- 本質を見る
- 今の自分に必要かを問う
判断力が否応なく鍛えられる。
これは予想外の副産物でした。
今の生活は「ゲーム感覚」で楽しい
正直に言うと、今の生活は楽しいです。
限られた資源の中で、
どうやりくりするか。
どこに使い、どこを削るか。
これはRPGで言えば、
- 資金が少ない序盤
- 装備を厳選するフェーズ
- 一手の選択が生死を分ける局面
ゲームとして見ると、めちゃくちゃ面白い。
必要なものだけ欲するという感覚
お金を使えなくなって分かったのは、
「欲しい」と
「必要」は
まったく別物だということ。
必要なものだけを選び取ると、
お金の使い道の純度が上がります。
- 使った理由を説明できる
- 後悔がほぼない
- 満足度が高い
金額の大小ではなく、
納得感が残る消費になる。
もっと削ぎ落としても、人は生きられる
今の生活をしていて、正直こう感じます。
人は、思っているよりずっと少ないお金で生きられる
ただし、これは誰にでもできる生き方ではありません。
- 不安と向き合う必要がある
- 他人と比べる癖を捨てる必要がある
- 足りない自分を受け入れる必要がある
ここが一番のハードルです。
不自由になったから、自由になった
皮肉な話ですが、
お金を自由に使えなくなったことで、
自分の判断はすべて「自分のもの」になりました。
- なぜ買うのか
- なぜやらないのか
- 何を大切にしたいのか
考える回数が増えた分、
人生の解像度が上がった気がします。
おわりに|豊かさは金額だけじゃない
お金があった頃の生活を否定するつもりはありません。
あれはあれで、確かに楽でした。
ただ今は、
少ないお金で、納得して生きている
この感覚の方が、
自分には合っているようです。
お金を使えなくなったら、
判断力が手に入った。
それは、不自由の中で見つけた
静かな豊かさでした。
